2.倪夢(ゲーム)の終焉

 

だが、ボディガード達は、ガバナー補佐の

 次の指示が出ないため、よう撃てないでいた。

 接待大臣が私の前に立って、身を挺していたのだ。

 ティシュもベンザも横に寄り添ってきた。

 

アダムスキー:「エリクソンさん(ガバナー補佐のこと)。

 彼らを傷つけると、連邦軍が黙っておりません。

 すでに連邦軍全体の約3割が、地球を包囲しております。

 このようなこともあろうかと、準備だけは済ませています」

 

ガバナー補佐:「それはどれほどの規模なのか」

 

アダムスキー:「艦船の数は3000隻です」

 

カレン:「そのうちの1割は、

 連邦最強の我がサテュロス艦隊だよ。

 連戦連勝の実績がある。

 我々は、いざとなれば、血をたぎらせて戦さには臨む」

 

ガバナー補佐は、グリーに耳打ちした。

 グリーは、静かに首を横に振った。

 

アダムスキー:「グリー艦隊は、地球に200隻足らず。

 コントロールもままならぬそちらの新作船100隻が加わっても、

 サテュロス艦隊にはかないませんな」

 

ガバナー補佐は、顔を真っ赤にさせて、

 明らかに不利を悟ったようだった。

 

ガバナー補佐:「はは、いや、何も我々は、

 戦いを望んでいるわけではない。

 不干渉さえ貫いてもらえるなら、

 我々としては、調査を受け容れるつもりだ」

 

ああ、物分かりの良い人間で良かったよ。ヒヤリ。

 結局、私は虎の威を借りた何とかでしかなかったわけだった。

 

アダムスキー:「我々は、軍事的な数の論理によって

 威圧することも、言うことを聞かせることも

 好みません。ただ報復の場合は別として。

 また、連邦には、あらゆる星の命運はその星に任せるという、

 自己責任原則があります。

 しかし、もし連邦加入星の縁者が、どこかの星に存在した場合は、

 その危難回避行動が認められております。

 それに該当するかどうかは、調査の結果次第です」

 

接待大臣:「その通りだ。我々は徹底的に調査するつもりだよ。

 そしてもし、私らの種族に縁ある者が見つかったなら、

 どの程度、居住環境が傷んでいるか調べて、

 もし我々が直接手を下せないなら、

 それなりの改善策を要求するだろう。

 地球政府に対してね」

 

カレン:「サテュロスも同じだ」

 

ガバナー補佐:「分かった。その旨、総督に伝えよう」

 

そう言うと、ガバナー補佐は、急ぎ足で退室してしまった。

 続いて、ボディガードも立ち去った。

 テーブルには、約定の書類だけが残されていた。

 

グリーは、やはり退席せずに残っていたが、それに構わず、

 アダムスキーは連邦と連絡を取り、手早く経過を知らせた。

 オマールが、グリーを警戒して、直接に質問をした。

 

オマール:「グリー代表。あなた方は、上層部に伝えないのですか」

中央のグリー:「・・・」

オマール:「なぜ、黙っているんです?」

 

連絡を終えたアダムスキーが、その話に加わってきた。

 

アダムスキー:「彼らの脳には通信チップが

 埋め込まれているので、ひとりでに通信されるんだ。

 だから、彼らの意志は、即、上層部の意志と言える」

 

中央のグリー:「そうです。では、王の意向を伝えましょう。

 種族のルーツという問題は、我々には関心のないことでした。

 なぜなら、より強く優秀な種族として進化していくことが、

 我々の正義であったからです。

 その正義の元には、過去の回顧や反省などは、

 感傷を生じ、足手まといになると考えていました。

 しかし、どうもそうではないと気が付きました。

 我々は、かつて連邦を凌ぐ力を有したものの、

 後退させてしまったのは、同族間で滅ぼし合うことで、

 大域的な進化の道を見失ってしまったからのようです」

 

私たちは、ようやく星と星の実情を越えて、

 話し合える場が見出せたようだった。

 詳しい話の中から分かったことは、グリーは同族間で、

 進化をかけた生存闘争を、連綿と繰り広げていたこと。

 それによって、過去を血塗られた種族淘汰の歴史としてしか扱えず、

 その原罪意識が、歴史認識や教訓への踏み込みを妨げていたのだ。

 

接待大臣:「我々ジーゼットとサテュロスの間にも、

 憤りが先立って、とても踏み込めない

 歴史上のタブーがあったのだよ。

 それを今、新たな交流の機会を得て、

 全てを分かり合って、全てを許し合おうとしている」

 

カレン:「そうだ。私の方から言えた義理じゃないが、

 正しい歴史認識がなければ、新しい進展もない。

 今我々は、次の宇宙史を刻むため、踏み出そうとしているんだ。

 実り豊かな歴史の一歩をね。

 どうかね。君も、もう一度我々と共にやっていこうじゃないか」

 

3人のグリーは、華奢な首を小刻みに上下させた。

 

ところが、アダムスキーは、そんな感傷事には無頓着に、

 過去のグリーの歴史上の疑問点を指摘した。

 

アダムスキー:「その君たちが、なぜ、ある星において、

 種の保存という行為を行ったのか。それが知りたいね」

 

私:「種の保存?」

 

アダムスキー:「連邦の記録によれば、

 地球人類は、過去において3度の文明を誇ったが、

 いずれも滅ぼしてしまい、自ら絶滅に瀕したことがある。

 その1回目と2回目に、種の保存に携わったのが

 グリーだったと記している」

 

中央のグリー:「3度目は、我々の準備が

 整わないうちに、事態が進んでしまった」

 

アダムスキー:「そうだ。

 それで連邦が急遽、母船を用意し、必要な種の保存を行った」

 

中央のグリー:「連邦が我々に対して行った妨害工作ではなかったのか」

 

アダムスキー:「いいや、それは違う。

 確かに連邦は、未加盟星に対し勝手な振る舞いをする君たちに、

 良い印象を持ってはいなかった。だが、妨害はしない。

 では、何であったか、言おう。

 彗星の軌道が地球に向いていることをあわてた当時の地球政府が、

 恐怖のあまり、核兵器によって破壊工作を企てた。

 その失敗が彗星接近の時期を、かえって早めてしまったのだ」

 

中央のグリー:「なぜそんなことが分かるのか」

 

アダムスキー:「実は私は、連邦の母船によって助けられた

 人間の生き残りで、当時の地球政府軍の軍人だったのだよ」

 

これは、私にとっても驚きだった。

 とすると、アダムスキーは何千地球年という歳月を、

 宇宙で役割を得ながら生きてきたことになる。

 むろん、葉巻型母船で救われた多くの人間は、再び地球に置かれ、

 その記憶が後々にギルガメシュ神話などに反映されたのだろう。

 

中央のグリー:「なぜ地球政府は、そのような裏切りをしたのか」

 

アダムスキー:「恐怖心だ。

 最後の最後に、君たちを信じることができなくなったのだ」

 

中央のグリー:「よく分からない」

 

アダムスキー:「人間をそのように作ってしまったのじゃないのかね」

 

中央のグリー:「我々が?」

 

アダムスキー:「恐らくそうだろう。

 2回目までの人類と、3回目の人類の性格には

 大きな隔たりが見られる、と連邦の調書は記している。

 改良に関わったのは、君らしか居ない」

 

中央のグリー:「・・・」

 

アダムスキー:「その弱い性質を持った者の一人として、

 ひとこと私も言わせてもらおう。

 人間には、自分たちの築いてきたものへの愛着と未練がある。

 たとえ新しい時代がスタートすると約束されても、

 気分の切り替えの容易にできる生き物ではないのだ。

 そこに紋切り型の君らの態度が、無感動冷酷と写り、

 土壇場になってパニックになったのだよ」

 

中央のグリー:「・・・」

 

アダムスキー:「では、今回、君たちが連邦を離脱したのは、

 連邦の傘下にある限り、妨害を受けると思ったのだね」

 

中央のグリー:「その通りだ。

 規則に従わぬ者には、制裁が科されるという規則があるだろう」

 

アダムスキー:「では、現在も、

 過去にあったことと同じ様なことが、

 計画されているのかね」

 

中央のグリー:「そうだ」

 

アダムスキー:「ネアン君。このようなことらしい」

 

私:「とすると、地球の生態系は?また滅亡なんですか?

 そんなことをあなた方の勝手でできるんですか?」

 

接待大臣:「そういうことなら、私も反対を唱えるよ」

 

ティシュ:「そうだわ。なぜ援助するという方向に向かえないのかしら」

 

オマール:「これであなた方が我々を嫌って

 攻撃しようとしたわけが分かりました。

 しかし、今後地球が連邦の調査対象にある限り、

 ここで起きるトラブルについては連邦警察が介入しますよ」

 

カレン:「まったくとんでもない話だ。

 私は連邦に怒鳴り込んでも、そんな計画は阻止させるつもりだ。

 我が種族の祖先を救うだとかどうかの問題じゃない。

 許されてはならんことだ。

 もし、これを座視するだけの連邦なら、こちらから願い下げだ」

 

オマール:「パパ。そこまで言っちゃだめだよ」

 

アダムスキー:「カレンさん。

 まあ、興奮を静めて下さい。

 グリーには事情があるのです」

 

カレン:「事情?どんなのかね」

 

中央のグリー:「私から言いましょう。

 我々の神から要請が出ているのです。

 惑星地球に新たな宿根草を育てるようにと。

 それが人類と人類文明でした。

 我々は、ただ種族の進化を図ることのみでなく、

 この時空において、果たすべき役割を

 トップダウン的に入手してきたのです。

 宇宙の総合的進化に資することとして」

 

カレン:「総合的進化?

 生態系が滅ぶことが、どうして進化なのかね」

 

アダムスキー:「進化するものがまた別にあるのです。

 この時空だけでは把握のつかないものが。

 その進化の実現に比べたら、ここに生起する命の消長は

 さほど大きいものではないのです」

 

その時、私の脳裏に、あの夢の思い出がよぎっては消えた。

 「歴史の遺伝子、種子」、「実り、収穫」

 この問題に、確かに関係しているはずのことで、

 思い出せないにせよ、何か別のものがあるということ。

 それでも、アダムスキーの話は、間違っているように思えた。

 

私:「いいえ。僕はそうは思いません。

 ここに生起する命は、どれもこれも偉大です。

 その生涯から、私たちは学べるんです。そこに無駄などありません。

 命を小さいものとすることも、進化を云々することも、間違ってますよ」

 

そう言い切ったとき、私の頭の中に、

 夢の中で誰かが言った次の一節が思い出された。

 

      「我々は、悲劇を通してでも進化させようとする

       旧態的なやり方を見直す時が来たようです」

 

ところが、それと同じ言葉を、ほぼ同時に繰り返す者がいた。

 何と、グリーだった。恐ろしいほどのシンクロニシティー。

 だが、あの夢の中の人物は、グリーではなかった。

 

アダムスキー:「グリー代表。それは、本当かね?

 あなたがそう言われるのなら、

 地球も新たな局面を迎えることができるでしょう。

 連邦としては、何の異議を差し挟むこともありません」

 

カレン:「そういうことなら、私のところも協力するよ」

 

接待大臣:「みんなで方法を考えていこうじゃないか」

 

グリーの大きなカカオまなこに、

 彼らの女王の姿がきらめいているようだった。

 

私:「アダムスキーさん。

 どうしてグリーに事情があると分かったんですか?」

 

アダムスキー:「それは君。

 私は前の時代の地球政府軍の参謀だったからさ」

 

そのことだけで十分、グリーに精通していることを伺わせた。

 

接待大臣:「ところで、今の地球政府の幹部は、

 退席してこの話に参加していないが、大丈夫なのかね。

 ここを出ていくとき、濃厚な思い込みが見て取れたんだが」

 

アダムスキー:「我々に危害を加えるような

 暴挙には出ないでしょう。

 ただ、計画が水に流れてしまうことを嫌い、

 計画を直ちに実行に移すかも知れません」

 

接待大臣:「じゃあ、こうしてはおれないじゃないか」

 

アダムスキー:「いや。実行してしまうまで、我々を監禁するでしょう」

 

接待大臣:「まだ彼らには、

 我々がどうするか分かっていないんだ。早く出よう」

 

アダムスキー:「あれを」

 

彼が指した先に、どうやら隠しカメラが仕掛けられているようだ。

 当然、話は盗聴器で丸聞こえだろう。

 宇宙人諸氏には、馴染まないやり方だったに違いない。

 

オマールがドアを開けようとして、鍵が掛けられていることに気付き、

 携帯無線機で、連邦軍と連絡を取りかけた。

 

アダムスキー:「待つんだ。オマール君。

 ここはグリー代表に詳しく聞いてからにしよう」

 

オマールは、操作をストップした。

 

アダムスキー:「というわけで、グリーの皆さんには、

 早速協力してもらわねばならない。

 地球政府は、これから何をすることになっていますか?」

 

グリーは、これからのことを大まかに話し始めた。

 軍事力のこと、経済機構のこと、世界の盟主のこと。

 変革後の地球政府建造のこと。

 その前後に、既成の概念を焼き直すための

 マスチフ、オブラート、生命モドキなどの恐ろしい計画。

 これらは力ある者を生存種として洗練する方法だという。

 

宇宙人諸氏は、グリーの話に言葉を失った。

 ボロ雑巾という噂に、理由を見出したようだった。

 その困苦の状態の中から、抽出されるように、

 滋養分と進化がもたらされるというのか?

 それは菜種油か、踏みしだかれた葡萄から取れるワインか。

 

アダムスキーは、地球政府の次の手が、短絡的になると分析し、

 連邦軍にある手段をとるよう暗号で連絡を取った。

 そのわずか数十秒後、鉄の扉が開いて、

 機関銃を構えた兵士が乱入し、

 カバナー補佐が続いて現れた。

 

ガバナー補佐:「武器と無線機を全てここに出すんだ」

 

みんな、持ち物を全てテーブルに投げ出した。

 

ガバナー補佐:「どうやって、無線交信が行えたのか?」

 

アダムスキー:「電波の通らない作りになっているようだね」

 

ガバナー補佐:「そのはずだ」

 

アダムスキー:「電波では交信しない」

 

ガバナー補佐:「何だと?では、重力波でも使うのか?」

 

アダムスキー:「地殻変動でもお望みかな?」

 

ガバナー補佐:「正確に答えろ」

 

カレン:「私が答えよう。「イー」を使うんだ」

 

ガバナー補佐:「何だそれは」

 

手短かに言えば、それは祖形エネルギーというものらしい。

 それに対して相互作用の形態に応じた演算子が修飾することにより、

 幾通りもの力場を生じるという。

 たとえば電磁場は、観測界面に「イー」の投影された

 ポテンシャルベクトルとして検出されるが、

 元の「イー」自体は、遮蔽できる代物ではないという。

 

ガバナー補佐:「しばらくの間、逗留してもらう。

 何しろ君らは、重要な捕虜だからな。

 その間、いろいろ参考にさせてもらおう」

 

カレン:「ああ、いいとも」

 

ガバナー補佐:「その東洋人は、連行する」

 

私は別の部屋で、拷問を受けながら

 取り調べられるところであったかも知れない。

 ところが、部屋を出ようとするその時、

 緊急警報が場内に鳴り渡り、直ちに伝令が駆けつけてきた。

 

伝令:「大変です。

 基地上空に飛行物体が数え切れないほど現れております。

 すでにX−8を5機スクランブルさせましたが、

 戦えぬと見て引き返したとのことです。

 XXXX基地からは、Y−7が20機出撃。

 その他の基地は出撃体制にあるも、見合わせ中。

 飛行物体は低空で拡散しつつあり、

 領空全域が制空不能の非常事態になっております」

 

ガバナー補佐:「分かった。

 奴らが何を要求しているかは分かっている」

 

そう言うと、見張りを任せて、退出し走り去った。

 それから5分ほど経って、補佐は戻ってきた。

 

ガバナー補佐:「全員釈放する」

こうして私たちはその日の内に解放された。

 グリーはどうなったか、分からない。

 アダムスキーは、さらに交渉を進めるため、T国に残った。

 

ジーゼット星の船は、待機していた連邦のレスキュー隊に運ばれて、

 森野(モリヤ)山の駐機領域に固定された。

 すでにサテュロス星の科学船が、心配そうに駐機していた。

 だが、いくらか採集作業を行っていて、幾つかの生き物を

 サンプルにして様々な検査が施されていた。

 サテュロスの面々は、疲れも見せず、結果を見ようと乗り込んだ。

 

翌日から、ジーゼットの科学者も、サテュロス船に乗船し、

 協同して調査を開始することが決まっていた。

 

だが、まだ時刻は夕刻で、私は何かができないかと思い、

 山を下りて、早速暑い夏の池の畔に、カエルの姿を求めた。

 すると、手前から沖に向かって泳いでいるではないか。

 

私:「こらこら。ちょっとよお。お役にたっとくれ」

 

私も、それはもう懸命である。池の中に入り、泥まみれになって、

 やっと1匹、丁重にプラ容器にお納めして、帰途についた。

 

私のもたらした成果に、ジーゼット星の面々が驚いたことは

 言うまでもない。早速それを元に、彼らの科学船に入って検査となった。

 

その夜から、私はTVニュースを見続けた。

 翌早朝のTVニュースも、眠いながらも見た。

 T国からのUFO大量目撃事件の

 報道のようなものがないかどうかである。

 何事もなかった。まだ早すぎるのか?

 

それに関しては、オマールが答えてくれた。

 

オマール:「それはだめだよ。

 T国軍のレーダーには捕捉されているが、民間レーダーや、

 肉眼には捕捉されないようにしてるだろうから」

 

私:「そんなことができるんですか?」

 

オマール:「「イー」に対して適当な加工をすれば、

 どんな擬似的作用も起こすことができる。

 現に今、駐機領域にある船はここからでしか見えないんだ。

 だから、見るべき者には見えるようにして、威嚇だってできる」

 

もし逆をすれば、世界がパニックになるだろうことは想像できた。

 地球政府は、土壇場の取り引きをしたのだろう。

 

その日、一つ予定が加わることになった。エーオース星の調査船が、

 過去の調査資料を提出したいとして、やって来たのだ。

 カレンの一家は、この日すぐにサテュロスに帰る予定であったが、

 科学船の有望な成果に気をよくし、

 本国の早い帰還を望む空気を押して、もう少し居ることにした。

 

エーオース星からは、ヒガンバや、ジャコバや、プラムが来ていた。

 

ヒガンバ:「ネアン。とうとう宇宙に出たんだってね。おめでとう」

 

私:「ヒガンバ。いろんなことがあったよ。本当に大変だった」

 

ヒガンバ:「あらましは聞いたわよ。

 結婚騒動まで起こしたんだって?でも、よくやったじゃない」

 

その時、ティシュが足早に近付いてきた。何か、嫌な予感がした。

 

ティシュ:「ネアン。あなた、この人と何かあったの?」

 

私:「あ、いや、あの、その。友達だよ」

 

ティシュ:「ふーん。たくさん居るんだね」

 

私:「友達なら、たくさん居るさ。

 ほら、ジャコバだってそうだ」

 

ジャコバ:「フンッ」

 

ヒガンバ:「ちょっとあなた、変な因縁、付けないでよ。

 私がネアンと話してはいけないの?」

 

ティシュ:「あなたちょっとね、馴れ馴れしすぎるのよ」

 

そこに、接待大臣が、雲行きを案じてやって来た。

 

接待大臣:「ちょっと、待ちなさい。君たちはやがて夫婦なんだ。

 亭主が仕事で他の女性と話すぐらい大目に見なくては。

 それとも、ネアン君。はや、浮気心かね?」

 

そうだ。接待大臣は、まだ芝居に気付いていないのだ。

 それ以外の者は、ほとんど知っている。

 これでは先々問題になろう。

 もしかすると星間問題にまで。

 

私:「大臣。実は僕らは、・・・」

 

全て白状した。

 

接待大臣:「何だ。そうだったのかい。

 ま、もし結婚してもいろんな意味で隔たりが大きいからな。

 ジーゼット星のうるさ方には、内緒にしとくから、安心し賜え」

 

ヒガンバは一言、「私たちは忙しいので、皆さん

 エーオース船の方に、今すぐ集まって下さい。

 データーを実演しますから」と言って、さっさと船に去ってしまった。

 

みんな中庭に着陸のエーオース船に向かった。

 私も頭を掻きながら向かった。

 

船の研究室のテーブルには、何かの動物の骨が置かれていた。

 こんなことは、以前にもあったことだ。

 この骨の持ち主の一生のどれほどかが再生されることになろう。

 

接待大臣:「これはいったい何なのかね?」

 

ヒガンバ:「子供の恐竜の大腿骨です。

 以前、あの機械を使って調べてみたら、この恐竜の種族は、

 今の地球文明より、よほど発達していたようです」

 

私:「えーっ。恐竜だよ?

 裸でグロテスクな姿を、がたがたさせてるんだよ」

 

ヒガンバ:「そうよ。確かにそんな感じだけど、

 広い宇宙ではそんなこと、何の尺度にもならないでしょ。

 この子は、高い教育を受けていたし、

 精神性も優れていたわ。あなたよりもね。

 彼の両親が、また素敵なの。

 お兄さん、お姉さんが居て、末っ子だった。

 でも、若くて死ななくてはならなかった。悲しいことにね」

 

私も痛いことを言われたものだが、ヒガンバの話をまとめてみよう。

 この子供の骨は、かの恐竜族の絶滅の瞬間を記憶していた。

 彼らは家族愛が強く、最後の瞬間の恐怖を

 家族全員のぬくもりで克服しながら、迎えたのだという。

 巨大な変災は、私たちの学説でもいわれるような形であったようだ。

 だが、それをまったくの無知のうちに迎えたのではなかった。

 数秒の単位まで、彼らは認識し、苦悩にうち沈みながらだったのである。

 

その災害とは彗星の衝突であり、またもそこにタブーが含まれていた。

 古代グリー族が地球改造計画に携わっていたのである。

 ただし、今のグリーとは種族を異にしたが。

 

ヒガンバの船には、この中に立ち入って初めて分かったのだが、

 ミーコ連邦代表が同乗していた。

 彼は、このデーターをジーゼットとサテュロスの面々に、

 そのままで見せることはできないとして、一同を会議室に集めた。

 

連邦代表:「アダムスキー君から、

 T国の地下室での経緯について先ほど連絡を受けました。

 グリーと皆さんのやり取りの中に、

 友好の萌芽とも言うべき共通理解を得たそうですね。

 それに従って、連邦からグリーに打診したところ、

 過去の経緯を許して欲しいと申し出がありました。

 我々は、それを受け容れ、彼らを再び連邦に迎え入れるつもりです」

 

カレン:「あの骨から、何か特別なことが分かったとしても、

 連邦の意志を踏みにじるようなことはしないよ」

 

接待大臣:「私の星のやかまし屋の連中も、それで良いと言うだろう」

 

こうして、あのシミュレーション装置によって、

 子恐竜の一生が、みんなの前で開示された。

 みんなモニターを見てのことだったので、

 私がかつて味わったほどの迫力と臨場感はなかったが、

 それでも歴史の非情さを知るには十分であった。

 

子恐竜の目から見た世界は、余りにも小さかったが、

 家庭や学校の暮らしの中から推量できることはたくさんあった。

 例のように彗星が地球を直撃する直前、古代のグリーが一掴みの

 生き残るべきサテュロスの先祖となる8つの種を宇宙船で救い上げ、

 避難させるという手続きをとったのだろうことも。

 また、グリーの技術を元に独自の宇宙船も作られていて、

 それで宇宙に逃れた者も居たであろうことも想像できた。

 ジーゼット星人の先祖は、彼らの奴隷として使役されていた関係で、

 下働きのためどれほどかが連れ出されたに違いなかった。

 

残念ながら、この子供の親は、宇宙に脱出できる身分になかった。

 彼らの家族愛は偉大なものだった。民族愛も素晴らしいものだった。

 そして、奴隷に対する哀れみも十分に持ち合わせていた。

 その他の多くの者がそうだった。

 しかし、そうした生ぬるさを許さぬごとき摂理が、彼らを襲ったのだ。

 

この最後の瞬間に、超新星が爆発するほどの

 精神エネルギーが放出されたことだろう。

 それは、この美味に酔い痴れる者によって、

 摂理とともに是とされたに違いなかった。

 

ジーゼット、サテュロス両人には、多少の推測はあったとはいえ、

 この事実に、打ちのめされた感があった。

 しかし、しばらくの沈黙の後、両人は、

 「これからを大事にするのだ」

 と誓い合って、涙の中に抱き合った。

 

接待大臣:「グリーにも、

 同じ言葉をかけてやってくれんかね。ミーコさん」

 

連邦代表:「もちろんだとも。絶対に後戻りはさせない」

 

連邦代表は、この2人を抱えるように抱きしめた。

 後ろでは科学者同士が抱き合っていた。

 やがて、それもダンスとなった。

 ティシュとヒガンバだけは、それを良いことに

 丁々発止の空手ダンスを繰り広げていたが、

 やがて疲れて、肩を叩いて讃え合った。

 

カレン:「我々は、せめて地球にとって、

 最良のことを考えてやらねばならない。

 それが我々の共通のスタートだ」

 

夕方に、アダムスキーが地球政府との対話を終えて帰ってきた。

 

アダムスキー:「彼らは、想像以上に頑迷だ。

 生態系の回復と共生のためのプログラムを

 提供すると持ちかけたのだが。

 切り替えのできない石頭ばかりだ」

 

連邦代表:「グリーはどうしていました?」

 

アダムスキー:「グリーは、彼らのもとから引き上げました」

 

連邦代表:「おー。では早速、

 グリー星に再加盟を促す特使を派遣しましょう」

 

私:「では、地球政府は孤立ですか?」

 

アダムスキー:「この際、鎖国をしたがっているくらいだ」

 

私:「では、黒船で迫ることもできそうですね?」

 

アダムスキー:「黒船か。面白いことを言うな。

 それをすると、手負いのトラになる恐れがあるが、

 適切なタイミングでなら効果があるだろう」

 

カレン:「そうだ。我々も縁故星であることが

 ほぼ分かった今、もう不干渉原則にこだわる必要はなくなった。

 種族の救出支援の一環で、開星を迫るのは有効な手になるだろう」

 

そのような話が、山上の館の中庭では、食事をとりながら交わされた。

 地球政府のあるべきスタイルや、連邦加盟とその時の援助の仕方、

 さらに環境保全の方法や、環境汚染の除去に至るまで、

 全てがこれからの地球を案じての話し合いであり、

 私にとって、わくわくさせられる内容であった。

 

深夜にそれらの話はお開きになり、皆それぞれの船に戻っていった。

 だが、アダムスキーは館の応接間に私だけを呼んだ。

 

アダムスキー:「ネアン君。私は君が

 宇宙に出ることになった時点で、

 このオアシスの閉鎖を決めていた。

 君は、結果的にはよくやった。

 しかし、管理人としての資質は認めることはできない」

 

私:「しかし・・」

 

やったという喜びが、しぼんでいくのを感じた。

 

アダムスキー:「公的な仕事は、もう無いと思って欲しい」

 

私:「もう誰も来ないんですか?」

 

アダムスキー:「そういうわけではない。

 私的な用事や、臨時の用事で来る者がいれば、

 歓迎ぐらいはしてやってくれ賜え」

 

私:「そうですか。

 厳しく淋しい終わり方ですね」

 

アダムスキー:「うむ」

 

私:「ところで、あの地下基地の部屋で、僕が怒りに刈られて、

 ガバナー補佐に言い出さなかったら、どうなっていたんでしょう」

 

アダムスキー:「どうもないだろう。

 連邦は星々の成り行きには無関心なのが原則だ。

 連邦は連邦であって、扉を叩くならば開かれもしよう。

 叩かなければ、何もない。それだけのことだ」

 

私:「そうですか」

 

アダムスキー:「・・・」

 

アダムスキーは、シルクハットの頭をやや上に向け、

 蛍光灯をしばし見つめていた。

 

アダムスキー:「そうだ。君に会いたがっている人がいる」

 

そう言うと、黒マントを翻して、

 その下から水晶玉を取り出した。

 彼は、テーブルの上にそれを置き、

 蛍光灯のスイッチをオフにした。

 すると、あたりは真っ暗となったが、

 水晶玉だけがぼんやり青白く光っている。

 まるで、魔法にでもかかったように、

 青白い光がもやもやと煙のように立ちのぼり、

 40センチほどの揺らめく人型となった。

 輪郭が安定せず、表情などは全く分からなかったが、

 そこから低く響くような声がしてきた。

 

ロアー:「久しぶりだな、ネアン。ロンバス4次元のロアーだ」

 

私:「あなたが、あの夢の中を案内してくれた人ですね」

 

ロアー:「そうだ。君はそのほとんどを

 忘れてしまったようだが、肝腎の部分は憶えていて、

 当面した問題に対しては、そつなくやった方だろう」

 

私:「お陰様で、地球が助かりそうです」

 

ロアー:「良かったな。

 それは君にあてがわれた時空なんだ。

 そこでは、地球は助かることになるだろう。

 だが、その時空も間もなく終了になる」

 

私:「えっ?終了?それはどういう意味ですか?」

 

ロアー:「君は、我々の上層にある

 時空を紡ぎ出すところから、君の希望を叶える時空の断片をもらい、

 その筋書きに従ってここまで来たんだ。

 君の希望も妄想も、一通り織り込まれていただろ?違うか?

 だが、それは大きな時空の流れに合流させねばならない。

 それがうまく行くかどうかは、定かではない」

 

私:「ということは、現実ではなかったと言うんですか?」

 

ロアー:「いいや、君にとっては、紛れもない現実だ。

 その中を生き切ってきたのだから。

 だが、その他多くの人と共有できたかどうかは、分からない。

 その他の人たちが、同じ願いを持っているとは限らないからな」

 

私:「そんなー。地球はどうなるんです?」

 

ロアー:「みんなの願いが集まる

 大きな流れの中に戻って、確かめることだ。

 さて、君には、もう少しここの経験時間が残っているのだが、

 最後までじっくり味わっても良いし、

 それともすぐに確かめに行くか?」

 

私:「早いほうがいいですから、確かめに行きます」

 

そう言ったとたん、私にはどっと眠気が差してきて、

 そのままソファーの上に寝転がった。

 

声が聞こえた。

 

「君の願いは、全体の中に、確かな波紋を一つ投げかけることだろう」

   (・・・確かな波紋を投げかける1票を投票しよう)

 

その後、私は非常に速いペースで、

 私のためにあてがわれた時空の残りを瞥見した。

 それは3,4年分ほどの山上の館を舞台にした私的空間であった。

 ロアーの私への粋な計らいであったに違いない。

 そして、熟睡した。

 

       Z Z Z Z Z Z Z Z Z ・・・・・

 

私は、目を覚ましたとき、自宅のベッドの上だった。(ここはどこだ?)

 長い間忘れていた空間という感じがしたが、一つ大あくびをすると、

 さっきまでの夢と入れ替わるようにして、どっと現実の記憶が戻ってきた。

 カレンダーを見ると、19xx年6月8日であった。

 今日から、また仕事に行かなくてはならないよ。しんどいなあ。

 

昨日は休日で、山登りをしたんだったっけ。

 裏山といってもかなり離れているが、麓まで車で行き、

 昼なお暗い、人っ子一人通らぬ山道を、

 頂上まで20分ほどかけて歩いた。

 

山道の途中に誰がこいたか、大きなウンコが落ちていたり、

 カラスがまん中に居座っていたりで、

 あまりの気味の悪さに、

 足の疲れも忘れて、急いでかけ登ったのだった。

 

開けた頂上に出ると、そこには、どれほど経ったか知れぬ

 朽ちかけた神社が、ぼうぼうたる草むらの中にあった。

 その境内地の広さ、社殿の大きさからしても、

 過去には賑わったに違いなかった。

 

神戸市北区にあるその山の名は、丹生山。

 頂上には丹生神社があり、 その境内地に、

 灯明杉という伝説の古木がある。

 

いつの昔か、まだ海辺に明かりが見当たらなかった頃、

 海上を行く漁り船が闇夜に迷い困苦したとき、

 この山頂に突如として明かりが灯り、

 方向を知ることができたという。

 そうしたことは時折あって、当時の沖行く船人は、

 丹生明神の加護を祈り、手を合わせたと伝える。

 その明かりの正体は、未だもって謎である。

 (もしかしたら、昔日のネアンが宇宙人を

   招待していたのかも知れない)

 

机の上には、昨夜までレビューのために見ていた

 ハイキング登山のガイドブックが、

 ぽつんと置かれていた。

 


天上人の宴・・・・・完

comment

長い間、夢のまた夢、

身勝手な自己満足を綴った

「天上人の宴」におつきあい下さって、

ありがとうございました。




この物語はフィクションです。

登場する人名、機関名、団体名は架空のものです。

ただ、メキシコで大挙UFOが撮影されていたこと、および

私のクラブで満天の星のごとき大量UFOが撮れたのには

びっくりしました。

もしかしたら、この話はすべて現実のものになるかも

しれません。

なぜなら、奥人=ネアン だから

地球開星の日、近し。


Story & Comment by 奥人